節約ニートの山暮らし

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節約ニートの山暮らし

節約ニートの山暮らしを目指しているブログ

非効率なことが嫌い でもよくよく考えると効率なんてものは無いのかも

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私は実はニートではありません。

この場をお借りして仕事の愚痴を書かせてください。

 

ここ数年で私の職場には改善活動のみを行う人間が増えました。

まあ言うなれば「口だけ動かして手は動かさない人」ですね。

私は実務作業をバリバリ高速適切にこなすことを仕事にしてきたので、こういう人たちの気持ちを理解していませんでした。

 

口だけ動かす人たちは頻繁に訳の分からない質問をしてきます。

実務作業をしたことがなく、想像だけで口を出してくるので当然です。

私は職場が良くなるならと一つ一つ仕事を中断して説明をしていました。

 

こういう改善をしたいんだ、と助言を求められることもありました。

自分の中で考えがすでにあったり、過去にやったことがあるものなどは自分なりに説明したり、こうしたら上手くいくだろうと助言をしました。

 

結果的に私の助言が受け入れられたことはありません。

 

当時は、何のために私に聞いてきたのかと苛立っておりましたが今では少し分かる気がします。

例えば、私は手を動かしているので成果物は目に見えて分かりやすいです。

しかし口だけ動かす人たちは成果物が目に見えないのです。

口だけを動かす人たちの気持ちは落ち着かないと思います。

結果報告という成果を出さないと自分の存在意義が疑われる事になります。

そういう気持ちを分かっていませんでした。

私は自分の仕事に関してはかなり理論武装している方なので、口だけ出す人が思いつくようなことは大体検討済みです。

そこで大人気なく「それはどういう経緯があってこういうことになってます。」とか「それをやってもトータルでは意味がありません。」とか即答していましたが、彼らからしたら自分の仕事を妨害されているような気分だったのかもしれません。

 

彼らは、実務能力のない失敗する人間を求めていたのです。

 

上司は朝礼で言っていました。

「目の前の実務をこなすことはただの自己満足だ。改善を発表してアピールすることが一番大事だ」と。

職場の方針に従う彼らが正義で私は悪でした。

 

私は業務から外されました。その分処理しきれない仕事は外注に任せています。

 

私は効率を求めて仕事をしてきたつもりでした。

しかし効率なんてものは立場によって定義がコロコロ変わるものだと知りました。

ある人にとっては仕事が上手く行かないほうが効率がいいのです。

 

100年前、人類の殆どを占めていた究極の実務作業者とも言える農業従事者は現在数%しかいません。

農業従事者はどこに行ったのでしょうか。

サービス業の就業者比率が上がることを近代化と呼ぶそうです。

近代化するほど、自分の存在意義というものが曖昧になるのかもしれません。

生存を目的に行動していた人たちが、新たな目的を探さざるを得なくなりました。

効率という言葉のルールも曖昧になり、経済的には非効率こそが最も効率的な判断です。

私は農業従事者の考えから移行できていないのかも知れません。

ただ、移行する気は全くありません。

 

今は業務から外されましたがある意味気楽ともいえます。

しかしやる気が出ず、金がもらえるとは言えこんなことに人生を使って良いのかと毎日自問します。

私はプライドが高いのです。

最短でなかったとしても困難な道を自分の考えで突破した経験が自分を作っている - 節約ニートの山暮らし

ブラック企業で死にそうになっている人に比べれば私は天国のような状態なのかもしれません。

しかし近いうちに辞めるでしょう。

私は実務作業が好きなのです。

 

私を退職させない後ほんの3%ほどの懸念を、このブログで愚痴を書いて解消したいと思います。