節約ニートの山暮らし

楽しい方の茶番

持続型無職体制の構築

人生をさかのぼって超自己分析する記事(超大事)

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現在私は退職目前状態となっています。

非常にストレスを感じていますが自分自身で原因を簡潔に説明することが出来ません。

つまり私は今混乱状態になっています。

なぜ混乱状態になったのか人生を箇条書きして自己分析をします。

[目次]

高校

大学に行く理由がなかったので工業高校に行った。

工業高校は就職のためにある施設だから就職をした。

エスカレーター方式で就職まで繋がっていたと思う。

何も考えないという行動をしても就職に自動的につながる状態だった。

本当の意味で言えば中卒でニートになるのが一番人間として自然だった。

何がそうさせないかというと「常識」や「世間」で当時はそれに従うことに何の疑問も持っていなかった。

当時は中退した人を見て「あーアイツ馬鹿だな、人生終わったやん」と素直に思っていたが今思えば能動的に決断できる優秀なやつだと思えるし当時そういう行動を出来たことを羨ましく思う。

自分はよく分からない「常識」や「世間」というものに従うことが優秀ということだと盲信していた。

 

そんな高校時代だが一つだけ発明があった。

「創作」への目覚めだ。

当時常に退屈で何かを消費することで気を紛らわしていた。

漫画、ゲームだったと思う

ある時ホントにいきなり閃いた。

「創る側に回ればコスパ最強じゃん」

17歳の俺は気がついた。

消費側の人間は幸福が所有する金の上限で決まる。

創る側の人間は金という天井がないからコスパが無限大。と

自分は創作をするべきだと考えるようになった。

今思っても、周りに創る側の人間が全くいない環境であの発想ができた自分はえらいと思う。

その時の発想は今でも自分の芯となっている。

でもあくまで「最強にコスパの良い趣味」という立ち位置だったのでクリエイターになろうとかは全く思っていなかった。

 

当時目の前にネットの繋がらないノートパソコンがあった。

それでゲームを作ろうと思った。

その為に絵と音楽と文章の練習をした。

ゲームはそれから3年後に完成した。

公開はしていない。

今でももっと良いものを創りたいという気持ちは常にある。

ただ自分のコンセプトとして目的が「コスパの良い趣味」であり「完成度の高いものを創る」ではなかったので未だにクソショボい技術しか持っていない。(単純に努力と工夫不足とも言う)。(道具やソフトに金をかけたり、共同作業をすることを嫌がった)。

入社前

就職希望はした。

するのが当たり前だと思っていたので。

創作への目覚めがあったので、就職先は休日の多さをみて土日祝休みの会社にした。

結果的にはなぜか大企業に合格した。

完全に運だったと思う。

本来だったら学校内の選考の時点で落ちていたが、たぶん偶然自分以外にその会社を選んだ人がいなかったのだと思う。

でも正直大企業なんてどうでも良かった。(棚からぼた餅的な嬉しさはあった)。

コスパの良い趣味を見つけたから収入は程々で良くて何よりも時間がほしいと思っていた。

当時は高校からのゲームづくりが終わっていなく、常にキリの悪い嫌な気持ちがあったので

入社前、まだニコ生のない時代にゲーム実況なんかも少しやったりしていた。(Windows Media Playerでやった)。

ブログもやっていた。

しかし入社を機に消してしまった。

高校時代は趣味探しの黎明期で色々なことに手を出していた。

継続していたら今頃もっと凄いことになっていただろう。

ただ当時の自分ではどうあがいても継続できなかったと思う。(今でも無理)。

継続の難しさは皆さん存じていると思う。

若年で継続できている人は「マジでヤバイ」人だと思う。

入社後研修中

入社後は研修があった。話の筋に絡まないので詳しくは書かないがなかなか大規模で長期間の研修だった。

そんな研修時代に超ヤバイほどに心揺れ動かす事件があった。

イトコが自殺したのだ。

イトコは一回り以上年が上で、頻繁に会うわけではなかったので内情はこれまで知っていなかった。

そのとき分かったことだが、イトコは

「大企業の正社員」であり「結婚」して近いうちに自殺していた。

物凄い衝撃を受けた。

「大企業の正社員」に「結婚」は社会常識的に求められている典型事だ。

イトコは「世間」と「常識」に準じて真っ当に生きていた。

それなのに死んだ。

自分自身は「世間」と「常識」を全く疑うこと無く「大企業の正社員」になった。

しかしその判断の是非が急速に怪しくなった。

今まで何の疑問も持たずに信用していたことが実は死に繋がっているかもしれないのだ。

人生の中で自分の意志で始めたことは創作のみ。

就職も含めて人生のすべて、何となくの「常識」に従っていただけなのだが、それが短期的な死に繋がっているかもしれない。

ここで強い嫌悪感を感じた。

社会に対する嫌悪感だ。

自分は騙されていたと感じた。

社会は何事もないかのような澄ました顔で人を自殺させるのだ。

社会を構築している人間が嫌いになった。

社会を構築している会社が嫌いになった。

会社を構成しているすべての人間は遠からず自分の命を脅かす敵だと思うようになった。

会社いる事に対する納得感が無くなった。

自分の意志で入社したのか?「いや、違う」

世間や常識に準じて行きたいのか?「いや、違う」

なら何故会社に通う?「分からない」

納得していないのにバカ正直に毎日通勤する自分自身に対する不信感はこれから数年間、常に自分をイラ立たせることになる。

職場配属後

研修後実際の職場に配属されるのだが、私は定時で帰れると噂の職場を希望してその職場に配属された。

その職場に興味があるわけではない。

自分の頭の中には作りかけのゲームを完成させたいという気持ちしか無かった。

創作に時間を費やしたいという気持ちと、社会への嫌悪感を同時に感じながら会社に行っていた。

2つの意思が混ざってぐちゃぐちゃになって正直まともに会社に行ける精神状態ではなかった。

普通の職場だったら3年も持たずに会社を辞めただろう。

話がややこしくなるのは、その職場の業務が別に嫌いじゃなかった事だ。

本当に奇跡のバランスで自分は職場に10年近くいることになる。

自分を会社に留まらせた要素は以下の4つだ

 

1 自分の裁量で仕事ができる。

自分は、命令されるのが苦手だ。何故なら自分の受け持っている職務に関しては自分が最も詳しいのだから仮に命令されたとしても必ず自分のほうが最適なプランを持っているという自負があるからだ。

基本的に仕事は命令よりも「○○をこういう風にやりたいんですけど良いですか?」

というこちらからの提案で進めていた。

情報も常に自分なりに集めて、仮に上司が指示を出しに来たときも来る前に既にどういう指示が出るか予想できていたしプランは事前に用意できていて、仮に自分が良いプランを持っていれば即座に提案できた。

複数の担当設備があり、その設備の状態と調子は自分が担当者だから自分が一番良く知っている。だから自分が一番効率の良い判断ができるのが当たり前だと思う。

自分は提案型の仕事の進め方が当たり前だと思っていた。

しかしそれから、多くの人間が命令される型の仕事をしてしかもそれを望んでいる光景を見て、自分のやり方が(この会社だと)少数派だと知らされることになる。

また職場では会社の方針で、指示に従うだけで納期間に合うというシステムをもう何年も作りつづけていて自分の考えは否定されている。(システムはいつまでも完成していない)。

2 自分なりに工夫してできる。

マニュアルとかそういうものが全く無かったので最終的に製品を完成させれば何をしても良かった。

マニュアルがないというのは自分に非常に自分に合っていた。

10年近く仕事をして作業方法が固まったことはない。

アイディアが常に浮かんで常に少しずつ新しい要素を試しながら仕事をしていたので、マニュアルに仕事の方法を縛られたらストレスですぐに仕事を辞めただろう。

定年間際の師匠が私の好きにさせてくれるタイプだったので更に良かった。

しかし、その後会社の方針のマニュアル化と作業方法の統一により、自分の思うように仕事ができなくなる。

 

3 定年間際の師匠の仕事を引き継ぐという分かりやすい目標があった

職場に配属され、定年間際で一人で業務を行っていた師匠のもとに就いた。

仕事を辞める前に、この熟練者の技は残していきたいという使命感はあった。

数年かけて学び、数年かけて伝える必要があった。

一応後輩に伝えたっちゃあ伝えて師匠の退職も見送った。

使命はまあまあ果たしたかなと思ったが、職場に全く実務経験がない改善のために口出すだけの人が大量に発生して見当外れな提案でこれまでの業務内容を変えよう(否定しよう)と努力しているのを見て、自分の使命感は何だったのかと絶望することになる。

 

4 直近の生活費と時間

もちろん大企業なのでボーナスが貰えたり給料の面で不満はなかった。(ちなみに9年目の正社員で、手取り14万でボーナス年間55万×2だ。)

しかし貯金額が増えるたびに金銭面で働く意義は薄れていった。

また定時で帰れる職場だったのは良かった。(鬼気迫る勢いで仕事をして定時に収めていた)。

その時は創作こそが自分の使命だと思っていたので時間はいくらでも欲しいと思っていた。

しかし定時で帰れたとしても、自分は睡眠欲が大きく、疲れて何もせずに寝ることが多く、時間という要素だけでは創作物は出来ないと少しずつ分かってきていた。(もちろんやる気はあったが、どうしても寝ていまい毎日自己嫌悪に陥っていた)。

 

結局自分を会社に留まらせた要素すべて無くなった

自分にとってはとてもいい条件の職場だった。

しかし上記で少しずつ触れたが、結局自分を会社に留まらせていたものはすべて時間とともに無くなった。

会社の方針で仕事のやり方は変わるものだ。

偶然あの時期のあの職場だったから自分は仕事を続けることが出来た。(続けてしまったとも言う)。

自分なりの好き勝手のやり方でやっても通用する(許される)職場だった。

自分はそもそも会社を辞めたがっていたのだから、会社に合わせて自分を変えるという概念がなかった。

読んでいて分かったかもしれないが私は超個人主義な仕事の仕方をする。

会社、特に大企業でそういう仕事の仕方は推奨されない。

技術を属人化することは、会社にとってデメリットだからだ。

 

ここまでの情報からの自己分析

人生の箇条書きはここでやめて自己分析に入ります。

自分の判断を決める様々な要素があることが分かりました。

それらが反発しあってトータルで会社に通うことを選択させていたのだと思います。(葛藤を抱えつつ)。

入社当初の自分の状態は下図のように表現できます。

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創作をしたいという葛藤を抱えていても、会社に通う理由が多いため結果として会社に通うという選択をしています。

 

入社して数ヶ月後、イトコが自殺して状況が変わります。

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会社に通う選択をさせる土台が減り、土台を崩す横の力が増えました。

この状態で数年を過ごすことになります。

この期間はホントに会社の敷地内にいる人間は敵だと思っていたし、火を付けて職場をなくしたいと思っていたし、職場の窓ガラスを全部割りたいような気分でいました。

やはり反発し合う要素を心の中に抱えることはストレスになっていたのです。

入社して性格がキレやすく攻撃的になったのですが、もはや会社にいる期間が長すぎて、会社にいる葛藤が原因なのか、元々の性格なのか分かりません。

 

それから私は自己の研究をし続けました。

何故生きるのか。どう生きるか。どのように心を制御するのか。必要なものは何か。必要ないものは何か。

自己の研究は終わったとは到底言えない状況ですが、少しずつ会社から離れた場合に感じる何となくの不安が無くなり、むしろ会社に居続けたほうが将来的に人生が積むと思うようになりました。

貧乏性なので金は勝手に溜まりました。

金が溜まリ始めてから経済と投資について一日2、3時間調べるという生活が数年続き、知識が付くことで将来への金銭的な不安は次第に無くなっていきました。

今から2年前ぐらいに会社関係の飲み会には一切参加しなくなり、一年ほど前に上司に退職の意向を伝えました。

この時の状態を図で表すと

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このようになります。

ただ、後輩にもっと自分の知識を伝えたいという使命感と仕事の楽しさはあったので、むしろ辞めると宣言した日には辞めれないかもなと内心思っていました。

 

ここまでは順当に進んでたんです。

普通流れとして順当に退職への意思を強くしたのですがここからの波乱が自分の心を乱しました。

まあ言うと、自分の思い通りに事が進まなかったんです。

 

「よっし辞めるぞ!」と有給の申請をしたところ上司に呼ばれ、残り 3ヶ月半居てほしいと頼まれました。

まだその時は引き継ぎの使命感が残っていたので受けました。

その後退職後に引き篭もるために購入した別荘に行ったところ、窓ガラスにキジが突っ込んで割れていて修理代に3万円かかる事件が発生して、「これは金銭的に一筋縄ではいかないな」と感じ(弱気になり)、その後上司にとりあえずまだ辞めないと伝えました。

しかし内心では半年から一年で辞める予定でした。

ここで問題が発生しました。

自分が他部門に飛ばされている間に自分の担当職務に謎のルールが追加されていた。(担当経験の無い人の提案で動いたものだし、自分はやり方の効率が落ちていると感じている)。

上司がこの職場は「改善活動をして上に報告することが最も重要」という方針を示したので自分は何も文句が言えない状況に追い込まれた。(効率性を理詰めで説明しても、改善活動そのものが目的なので納得させられない)。

受け持っていた業務を外された為引き継ぎができない。

以上の3つです。

 

引き継ぎをしたいという使命感を完全に拒否され、仕事の流れも何だか堅苦しくなり、自分を会社に留めていた要素が一気に二つなくなりました。

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あまりに急速に無くなったため混乱を起こしました。

自分のやっていたことは完全に無意味だったと絶望しました。

まあ、今思うとそれは自分の自惚れだとも思えるようになりましたが。

自分の存在証明は大企業内で行うものではなかったのでしょう。

退職をする時はギリギリまで上司に打ち明けないほうが良いと思った3つの話 - 楽しい方の茶番

給料も貰えて使命感も満たせるおいしい仕事が一転、使命感を完全にくじかれ、精神的に仕事を続けられずすぐにでも会社を辞めたくなり、金銭的にも不利という状態に変わりました。

もう一回言いますが、ストレスの原因は自分が思い描いていたどおりに物事が進まなかったからです。

使命感を否定されたショックがかなり大きかったですが、それも自分が勝手に定めた使命感が周りに受け入れられなかったということ、勝手に回りに評価されると期待していただけで、周囲が自分の思い通りにならないから怒るというタダのワガママな流れに過ぎないと思います。

(一足早く辞めた先輩に「結局その時の直属の上司と意見が合うかどうかだけ」と言われたことがあります。自分は上司が変わるごとに自分を変える気はないし、会社を辞めてから自分の考え方で自分の人生を切り開けると信じているし信じるしか無い。)

 

ある日、退職届を提出しようとしましたが、退職届がどこにあるのか見つからなかったため諦めました。

翌日、会社の別職場の先輩と別荘の開拓に行った時「昨日退職届を出そうとした」と打ち明けました。

先輩は「他職場の自分から見てあの職場はおかしいと思う。まず異動したほうが良い。」と私を引き止めてくれました。

あまりに先輩が悲しそうな顔で引き止めてくれてたので、その場で「それでも辞める」とは言えなくなりました。

人を悲しい顔にするのって自分にもかなりダメージが有るんですよ。

引き止められたことで、すぐさま退職届を出すことは出来ませんでした。

そのあとしつこく絡んでくる上司とゴチャゴチャバトルしたりもありましたが、後2ヶ月半会社に居れば有給消化込みで冬のボーナスを貰える時期になりました。

2ヶ月半我慢すると、月給含めて100万円近く貰えることになります。

正直欲しいです。

ホントにギリギリの精神ですがお金ほしいです!!

ここまで来たらほしいです。

とりあえず先輩には「あなたのおかげでボーナスを貰って退職できた。」という感謝を述べべることで手打ちに出来るかもしれません。

一日一日が修羅場ですが、とりあえず後2ヶ月半やろうと思います。

プライドを捨て、使命感を捨て、金のためだけにやろう。

やる気を出さず、周りを欺き、100万円をゲットしよう。

 

でもホントに、明日になったらどうなるか分からないんですよ。

決意して、確実に実行できるほどパワーが残っていないので。

今後このブログは愚痴を吐いてガス抜きして100万円手に入れるブログとします。